中国の医師らが、遺伝子改変した豚の左肺を脳死と判定された男性に移植し、216時間(9日間)機能したことを確認したとする研究成果を報告した。豚の肺を人間に移植するのは初の試みである。科学者らはこの種の移植に希望を見出しているものの、専門家は、肺移植を必要とする人にとって異種移植が選択肢となるまでには何年もかかる可能性があると見ている。広州医科大学第一附属医院(中国)のJianxing He氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Medicine」に8月25日掲載された。 この異種移植を受けたのは、脳出血で脳死と診断された39歳の男性。CNNの報道によると、今回の手術は男性の家族の同意を得て実施されたという。ドナーとされた豚は、高度に管理された無菌環境で飼育されていた。研究グループは、移植後に拒絶反応が生じるリスクを抑制するために、CRISPR-Cas9というゲノム編集技術を用いて、ドナー肺の6種類の遺伝子を改変した。具体的には、ヒトの免疫反応の活性化に関与する3種類の遺伝子(GGTA1、B4GALNT2、CMAH)をノックアウトするとともに、拒絶反応の抑制に寄与する3種類のヒト遺伝子(CD55、CD46、TBM)を導入した。また、感染や拒絶反応が生じるリスクを低減するために、患者にさまざまな免疫抑制薬を投与した。 移植直後の肺に拒絶反応の兆候は見られなかった。しかし、移植の24時間後には広範囲に浮腫が生じた。これは、虚血再灌流障害による原発性移植臓器機能不全に一致する所見であった。移植後9日目には部分的に回復の兆候が見られたものの、医師らは男性の体が臓器を拒絶し始めていることを確認した。この時点で、家族の要請によりこの実験は中止された。 こうした結果を踏まえて研究グループは、「この研究は、豚からヒトへの肺移植が実現可能である可能性があることを示している。ただし、拒絶反応と感染に関する課題は依然として大きい」と記している。 臓器不足は依然として重大な問題である。2024年秋に収集された政府のデータによると、米国では、10万3,000人以上が臓器移植を待っている状態である。それにもかかわらず、 2024年に実施された移植件数は4万8,000件に満たず、毎日、13人の移植待機患者が死亡している。 豚の心臓弁のヒトへの移植はすでに数十年前から実用化されている。最近では、遺伝子を改変した豚の腎臓や心臓の移植についても進歩が見られるとCNNは報じている。しかし、肺は常に細菌やウイルスにさらされているため、特有の課題を抱えている。専門家は、「肺は体の免疫防御の中心であるが、移植技術が大きく前進しても、肺をいかにして守るかは依然として課題である」と指摘している。その一方で、豚の臓器を用いることで、利用可能な臓器と患者のニーズとのギャップを埋めることができるかもしれないとする意見もある。研究グループも、異種移植には「変革の可能性」があると記している。 この研究をレビューした米ノースウェスタン・メディスンの胸部外科部長であるAnkit Bharat氏は、CNNとのインタビューに対し、「この研究から得ることはあるだろうが、私自身は、本研究結果を踏まえて、今後、より大規模な臨床試験が実施されるようになるとは思えない」と慎重な姿勢を示している。 同じく本研究をレビューした米ニューヨーク大学ランゴン・ヘルスの移植外科医であるAdam Griesemer氏も、「9日間のために肺移植手術を受ける人はいないだろう」と述べ、さらなる研究が必要であることに同意を示している。 研究グループは、豚の肺を「足場」として使い、幹細胞療法を用いてヒトの細胞と置換する新たな選択肢も模索しているという。このアプローチは、将来的に臓器の拒絶反応を軽減する可能性がある。ただし現状では、ほとんどの専門家は豚の肺移植はまだ実験段階だとの見方を示している。(HealthDay News 2025年8月26日) https://www.healthday.com/health-news/health-technology/pig-lung-transplanted-into-man-for-9-days-in-groundbreaking-study Copyright © 2025 HealthDay. All rights reserved.Photo Credit: Adobe Stock