英語では「Music hath charms to soothe the savage breast(音楽には怒りを鎮める力がある)」というフレーズがあるが、音楽は心臓の健康状態にも同様の効果をもたらし得るようだ。新たな小規模研究で、血圧が音楽のパターンに「同期」する可能性のあることが明らかになった。この研究を実施した、英キングス・カレッジ・ロンドン工学教授でピアニストでもあるElaine Chew氏らは、「このことは、身体の血圧を調節する能力である圧受容体反射感受性を高める助けになるかもしれない」との見方を示している。この研究結果は欧州心臓病学会年次総会(ESC Congress 2025、8月29日~9月1日、スペイン・マドリード)で発表された。 Chew氏は、「この研究から、将来的に、特定の生物学的反応を引き起こすための音楽療法を設計できる可能性が生まれた。音楽療法を個々の患者に合わせて調整することも考えられ、プレシジョンメディシン(個別化医療)としての音楽の活用にも1歩近付く。長期的には、音楽を使って心臓病を予防する、あるいは進行を遅らせる、止める、回復に向かわせるといったことが可能になるかもしれない」と説明している。 Chew氏らの研究は「フレーズ構造」と呼ばれる音楽の側面に着目したものである。演奏中、音楽家は楽曲のフレーズの境界を際立たせるためにテンポや音の強弱を変化させ、聴衆を引き付ける音楽パターンを作り出す。Chew氏らによると、一部の楽曲には他の楽曲よりも予測しやすいフレーズ構造が存在するという。同氏らは過去の研究で、楽曲のフレーズが予測しやすいものであるほど呼吸や心拍数の調節に役立つことを突き止めていた。そこで、同じことが血圧にも当てはまるのかどうかを調べることにした。 今回の研究でChew氏らは、92人の参加者(平均年齢42歳、女性60人)が、著名なピアニストが演奏した30曲のピアノ音源のうち9曲を聴いている間の心臓の活動を調べた。各曲の「音楽のテンポと音の強弱のフレーズの弧の境界」は、コンピューターアルゴリズムを用いて特定された。Chew氏らが特に着目したのは「エントレインメント(同期、同調)」だった。これは、音楽のような外部刺激に対して生理的リズムを同期させる身体の能力のことである。 その結果、血圧は多くの場合、テンポの変化よりも音の強弱の変化に同期しやすいことが示された。また、フレーズ構造の予測可能性が高い曲では、聞き手が次の変化を先読みできるため、血圧と音楽の同期が強まった。Chew氏らは、こうした仕組みが血圧を調節する能力を高める可能性があるとの考えを示している。 このことは直感的にも納得できるとChew氏は言う。「時代や文化を超えて、人間は音楽に合わせて体を動かすことを楽しんできた。外部のリズムに自分の動きを合わせる能力には、ボートの上で息を合わせてオールを漕ぐ人たちに見られるように、生物学的にも社会的にも利点がある可能性がある」と同氏は指摘している。 この種の協調的な動作には、リズムのサイクルの始まりと終わりを予測する能力が必要であるとChew氏は言う。同氏は、「この予測こそが、われわれの心臓や呼吸のリズムに影響を与えている可能性が高い」と付け加えた上で、「音楽の構造に同期すると心地良く感じられる。音楽は食べ物やセックス、ドラッグと同じ報酬系が関与していることが研究から明らかにされている」と説明している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。(HealthDay News 2025年9月2日) https://www.healthday.com/health-news/cardiovascular-diseases/feel-the-beat-music-might-help-regulate-blood-pressure Copyright © 2025 HealthDay. All rights reserved.Photo Credit: Adobe Stock